東アジアにおける自然と文学を考える


東アジアにおける自然と文学を考える
ーー沖縄における発言
 
                                   高銀
 この地球上に、もはや遠いところはない。人間にとって救済の場は遠い距離ではなく、時間的距離でしかない。15年前の沖縄は、私の心の中に遠い場所であった。「その遠い場所」が、今日、「ここ」となっており、再度、沖縄の客人となった。この美しき場所にご招待頂き感謝申し上げたい。
 1988年冬、韓国の民主化運動を支持する日本の知識人の招待で、私は東京と沖縄の行事に参加した。その当時、私の滞在日程を組み立ててくれた日本のテレビ局の友人が私に沖縄訪問を提案した。
 初印象は、沖縄と韓国の済州島とが生態的にも民俗的にも、大きな差がないと感じたことである。太平洋戦争末期の沖縄決戦で、犠牲となった植民地韓国人男女に対する墓参を終えた後、嘉手納のアメリカ軍基地などに対する小見を明らかにした。
 沖縄は、すぐさま、昔の「血族の情緒」を私に呼び起こさせた。その悲惨な戦争を生き抜いた95歳の老婆は、私の曾祖母と重なり合った。
 近代の国家概念ではない共同体時代を長く持続させてき伝統社会の自慢を、沖縄は持っていた。これは、今日、新しくて有効なアナーキズムと生態的社会理論の符号にも近い。
 「按司」という指導者が率いる素朴な徳治社会さえ10世紀以後に必要であったと見るならば、実に悠久な海洋民族の自由が海に取り囲む生に対する自立的な活力として発揮されたことに思いを馳せる。
 17世紀初め、日本の薩摩勢力によって侵略される前まで、琉球王国は中国・台湾・フィリピンそして東南アジア各国を行き来する海上交易の中心地として繁栄を極めた。韓国から、仏教を取り入れた事実も『朝鮮王朝実録』に明記されている。そればかりでなく、琉球語による文学と原色の芸術的独自性も、数限りなく台風の試練の中で伝承されてきた。
 しかるに19世紀後半、日本はそこを植民地に組み込み、日本の同化政策を強化しつつ、沖縄方言の使用も禁止した。昭和の戦争末期には、人口の4分の1に達する26万名以上が死んでいった。その中の10萬名が沖縄の民であり、彼らの大多数はアメリカ軍でなく、日本軍によって虐殺された。間違いなく琉球列島は、有史以来、最初の地獄の地であった。
 敗戦後、日本は沖縄をアメリカに譲渡した。日本の天皇がマッカーサーに対して、このことを最初に提案した事実は、周知の通りだ。1970年代初め、この沖縄は再び日本の領土に「復帰」され、実質的に日本とアメリカの共同支配下に置かれて、今日に至っている。
 私がここに来たとき、2007年まで、日本は沖縄各地の基地使用を確約したので、アメリカにとって、冷戦以後にも沖縄は重要な軍事的戦略基地であった。
 沖縄住民たちの生存権闘争が一坪反戦地主運動として表れ、その奪われた土地の回復運動が繰り広げられた。彼らは言う、「沖縄の中にアメリカ軍基地があるのではなく、アメリカ軍基地のなかに沖縄がある」、と。
 沖縄の詩人高良勤は歌う、大きな波濤が白い砂浜を洗うたびに、ブルトーザーによって踏み倒された岩が露出するように、沖縄の無辜の子女がアメリカ軍人の性の玩具になると。
 戦争が終結し、ここ沖縄の上陸作戦に成功したアメリカ陸軍は、そのまま1945年9月解放軍としてではなく、占領軍として韓国に進駐して、日本の植民地体制をそのまま継続させて、アメリカ軍政を開始した。それ以降、韓国内の基地と沖縄の基地は様々な問題を発生させてきた。最近では、韓国のロウソクデモもその中の一つであるといえよう。
 ここ沖縄で、私は、上記した発言が逸脱していると考えない。東アジアにおける自然と文学という命題でさえ、アジアの一員である沖縄が軍事的緊張とか解放などいろいろな状況を変化させながらも、本来の自然と忘れられた土地を復旧する問題と関わりがないとは言えないからである。
 アジアの古代的認識に於いて、よく知られているように、自然はその対象設定とも対立しない。老子の無為も、やはり、自然のもう一つ別な名称であり、加えて無為自然それ自体である。仏教の真如が意味するものが、生滅を抜け出た境地としての無為自然であるといえよう。昔のインドにおいて、ブラーフマンとアートマンが二つではない宇宙観は、一体何であろうか?
 ヒマラヤの南北で発生したこのような思想は、自然と人間を分けない真理を秘めている。自然は、人間が生きていくと同時に、不可避にも消滅するところでもある。他の生物体と全く異なるところがない。
 ところで霊長類である人間を絶対優位に置く主張は、心の狭い事であり、生態系破壊の文明が人間に帰着する物としてよく反証される。
 アジアの自然と一連の自然思想は、今日、深刻な屈折をしてきた。自然を生と修行の根本道場として定め帰依してきたこととか、神仙と風流などの世俗超越の精神などは、近代化のプロセスで事実上廃棄されねばならなかった。
 今や、自然と生態環境に関する限り、むしろ自然と人間の二元的条件を基礎とした西欧社会の徹底的な管理に学ぶところが多くなっている。デカルトが確信したように、人間が自然の主人であり、自然の所有者であるという征服主義がアジア各地域の乱開発とか、賤民資本主義の動機であると糾弾する立場にはない。
 アジア文学全般を展望する能力がない私としては、アジア文学の今日に、自然がどれほど生動しているかを、誇りを持って言うことは出来ない。
 1990年代以前までの東アジアリアリズムにおいて、自然現実逃避に過ぎなかった。その「自然」は、人間の苦痛と疎外、その外の様々な社会矛盾を回避する罪悪にまでなった。
 東ヨーロッパおよびソ連の崩壊以後の巨大な変動とかみ合って、工業化・都市化社会に於いて、もっとも切実な問題が環境であることを、後になって悟った。今や「自然」は、人間に故郷であり、かならず探し出さねばならない新しい世界であるといえるだろう。
 従って東アジア文学の最も重要な主題は、自然から遠くなることではない。ここ沖縄で、昔から残されてきた自然と自然の中の心性を歌ってきた詩歌を体験することで、近代文学が人間中心になってしまった限界を逃れなくては成らない。
 東アジア文学は、詩中心の文学史を伝統としてきた。古代から伝統社会において絶えることなく政府官僚を任用する試験にも、詩がその合格かどうかを決定してきた。それと関連して、体制を逃れて自然の中で生活を営為することで詩がより自然に合致することを幸福だと考えてもきた。
 ジャンルとしての散文とか、叙事展開がなかったのではなく、それをいつでも韻文の周辺に追いやってしまった。18世紀、韓国の文士たちがこの小説を徹底的に排撃したのも、昔から詩中心の尊厳性のためである。
 古代ギリシャの叙事詩と劇詩が人間の運命を描き出し、自然をその運命の背景に定めたとしても、自然は初めから人間の動作に挿入された道具として好都合なものであった。これと異なり、東アジア文学は少なくとも近代以前までは、人間の叙事活動よりは、人間が自然の一つの部分以上のものではないことを見せてくれた。李白の豪放な世界も、大陸の広大な自然空間に於いて発生したものであるかどうかわからない。
 このような自然主義の社会と文化が西欧近代社会思想の視野には、アジア的生産様式ないしはアジア的停滞性として指摘される端緒とまで成った。
 詩を伝統とする東アジアにおいて、自然は二つに表現されてきた。第1に、自然を形象化するとき、そこに帰化した人間を介入させる状態であり、第2に、これに人間の痕跡さえ必要としない自然だけの静寂を指向する状態である。日本の「もののあわれ」も、この文脈に於いて理解できるはずである。
 それにもかかわらず、このような文学の核心的要素は、近代アジアにおいてはもはや探し求めることは出来なくなった。これは、この地域の近代が西欧近代の移植という観点とも関連づけられる。特に、近代小説とか近代詩の話者はほとんど自我意識を盲信している。少なくとも20世紀後半と21世紀初めにかけて都市的虚無主義も、現代文学の中の自我が損傷している事実を反映していると言えよう。
 アジアにおいての文学が新しい覚醒として受け入れるべき自然は、明らかに伝統として帰還したのではない。そうだとしても、伝統に対して、克服がどのように可能であるかも、今なお明白ではない。
 このような課題は文学と文学の外的状況の密接な関係の中で解きほぐして行かなくては成らないかもしれない。まず中国大陸の新中華主義とか、日本の近代帝国主義の歴史残滓を根本的に精算する世界史的転換を通して、東アジア各地域の相即的連合がなされるとき、長い間漢字文化圏の普遍性は新しい多様性として生きて行くに違いないと期待される。
 自然の多くの生物種が絶滅するのと全く同様に、地球上にのこされた何千種類の言語が、巨大言語が飲み込んでいく現実を目の当たりにして、世界の群小言語を必死に守り抜くことは、自然と文学の問題に於いて、まず最初に取り組むべき仕事である。
 自然は、人間にとって決して慈悲の空間ではない。自然の暴力は徹底的に弱肉教職にある。そうだけれどもその法則がそのまま自然状態を維持するのに、欠かせない自然の体系で有るとも言える。このような自然の暴力は、しかしながら人間の野蛮的自然破壊と満足をすることを知らない貪欲よりは、はるかに倫理的であるといえよう。文学が、このような条件に於いて、この時代の生命に対する2次生命であるならば、アジア思想の中枢である自然から受け取るべき物は多い。
 このような点に於いて、現代の現代であるべきいわれは、一方で古代であるかもしれない。古代自然の「神明」を1500年前の新羅の詩僧であった月明から体得することができる。月明の笛の音が天上の月に届く道を推測させ、耳を傾けさせた人天の感通がまさしくそれだ。かれは、亡き姉に対する悲しみが浄化された状態で、10万億の国土を過ぎなければ到達できない西方浄土を、心の中の宇宙心象で表している。
 昔、沖縄の母が幼い子供に教えてやった人間の三つの眼、二つの肉眼と一つの心眼を持つとき、人間の永遠回帰と一つに合一すると信じられてきた。詩は、人間の涙でもあり、それとともにそれよりもはるかに先に自然の涙でもあると悟りたい。これは、自然のいろいろな現象を通して、ひとりでに会得できるもであるが、教育で可能となる物ではない。
自然は、近代の教育を最も嫌う。

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