九州における韓国研究の一断面

は じ め に

本稿は、日本における最近の韓国研究の大まかな動向を紹介するとともに、そこから今後の課題の一端を示そうとするものである。
「韓国研究」は、欧米においてはすでに一般的に使用されているKorean Studies、すなわち韓国を主として、韓半島及びその周辺の東アジア諸地域との関係をも含む学際的総合研究を意味する(1)。しかし、本稿においてその全ての分野をフォローすることはもとより困難である。したがって、報告者の能力ならびに紙数の制約から極めて限定的なものにならざるをえないことをお断りしたい。ここでは「現代韓国朝鮮学会第3回研究大会」(2002年11月9・10日、於九州大学箱崎キャンパス)での議論を参考にして、日本における動向を紹介するとともに、九州大学における韓国研究の最近の動きを報告したい。


Ⅰ.現代韓国朝鮮学会における議論の紹介

 日本における韓国研究は、日本人による韓国研究と同じではない。例えば、アメリカにおける韓国研究が、アメリカ人によるものだけではないのはいうまでもないことであろう(2)
  現代韓国朝鮮学会の共通論題「韓国学の可能性」が設定された目的は、日本における韓国研究(韓国学)の現状について、今日の研究状況を整理し、到達点を確認することであった。
  まず政治と経済の分野であるが、周知のように日韓の相互依存の進展にともない、日本における韓国研究、とりわけ政治・経済研究の要請は高まる一方である。それを受けて日本における韓国研究は発展し、一定の蓄積が進んでいる。他方で研究の蓄積・拡大が多分野にわたり、かなり急速に進んだため、その「到達点」の全体像はむしろ分かりにくくなっている。日本における韓国の政治・経済研究の現在の到達水準、残された課題など、今後のさらなる研究の発展に必要な研究動向の整理という作業は、かならずしも十分におこなわれてこなかった(3)
  これまでの研究は、政治と経済にのみ狭く限定されていて、「韓国研究」という広い観点の中で隣接分野も視野に入れた共同研究は少ない。
  学会のシンポでは木村幹(神戸大)、安倍誠(アジア経済研究所)、株本千鶴(椙山女学園大)、永島広紀(佐賀大)の各氏が報告を行った(以下、敬称略)。
  現代韓国朝鮮学会の共通論題は出水薫(九州大学)が企画と司会を担当し、シンポジウムでは100人以上の内外の研究者・マスコミ関係者・一般市民が参加した。いずれも九州大学が韓国研究の拠点として機能するための研究者のネットワークづくりに貢献するものであったし、一般社会に研究の成果を還元するものであったと評価できる。なお以下の整理にあたっては、出水の企画者としてのまとめを参照させて頂いた。
 まず木村幹は専門の政治学の観点から日本における韓国研究の今日の状況を検討した。木村は、日本における韓国政治研究が「読まれない」ものとなりつつあるのではないかという刺激的な問題設定を出発点にすえ、研究の現状を批判的に吟味した。そこで木村は「独創的」な問いをたてる必要性に迫られることがなく、隣国としての韓国への日本社会の一般的な関心にいわば「あぐらをかいて」いる状態から脱却しなければならないとして、より普遍的な論点を提起できるような韓国研究の「再生」の方向性を提起している。
 次に、この釜山のシンポにもご出席の安倍誠は専門の経済学の観点から日本の韓国研究の現状を検討した(註3の安倍論文を参照)。安倍は丁寧に、これまでの日本における韓国経済研究を整理してみせた。興味深いのは、安倍の報告も木村同様に、日本における韓国経済研究が「曲がり角」に来ているという理解である。韓国経済が一定の発展を遂げた結果、開発や発展という観点から寄せられていた韓国経済への関心が薄れているというのである。政治研究の場合と同様に、より普遍的な問題を提起できる研究への転換が必要とされているということであろう。
 次に社会学と歴史学の分野に移ろう。
株本千鶴は福祉社会学の立場から報告をおこなっている。言うまでもないことであるが、社会福祉(社会保障)という分野は政治・経済ときわめて密接な関係をもっている隣接分野である。したがって、福祉社会学の視点からの株本の報告を加味することは、韓国の政治と経済についての研究の現状の把握にとっても有益なものである。韓国を対象とした社会福祉研究は、前記の政治研究や経済研究と異なり、研究領域としては相対的に新しい。したがって、この分野では、これから本格的な研究の蓄積が期待されている。しかも、研究対象の性格から必然的に複合分野としての「学際性」をもつため、隣接諸分野との間で相互に刺激を与えあうことが期待されている。
 永島広紀は歴史学の観点から、即ち大局的な観点から日本における韓国研究の現状を報告した。歴史研究は政治・経済研究の背景として、また重複する一部として重要な研究領域であることは言うまでもない。永島は韓国研究を「地域」のような広い文脈の中に包摂するかたちでの研究の必要性を提起した。また、日本の大学における研究環境(国立大学の独立法人化の影響)についても触れており興味深い。
 日本における韓国研究は、分野によってその成熟度が違う。一方で、それなりに研究の蓄積ができているが、その関心が画一的でいくつかの論点に限られていて、ある種の飽和状態になっている研究分野がある。そこでは、より普遍的で一般的な問題への発展を見込んだアプローチへの転換が求められている。他方で、まだ研究が始められたばかりの分野も並存している。もちろん、そのような分野では、基本的な研究の蓄積の努力がされなければならない。
 ただ全体としては、現実における日韓関係の改善と発展に応じ、新たな次元への脱皮が求められる。そういう意味で転換点にあると言えるだろう。
 以上のように要約される現代韓国朝鮮学会での議論は、これまでのように個別な学問分野から論じるのではなく、政治学・経済学・歴史学・社会学・福祉学などの多彩な隣接諸学問を貪欲に取り込んだ意欲的な試みであり、今後の韓国研究の一つの方向性を示唆していると考えられよう。
さらに付け加えるならば、昨日と今日の2日間におけるこの釜山のシンポジウムは、その方向性をより具体的に提起した点において、画期的な意味をもったといえるのである。


Ⅱ.九州大学における韓国研究のあゆみ

 九州大学における韓国研究の概況
   九州大学は1911年の開学以来、アジアに開かれた大学としてアジア諸国から多くの留学生を受け入れるなど、アジアとの関係が深かった。とりわけ韓半島との繋がりは強い。九州が海峡を挟む対岸として同じ「生活圏」に属することから、共通の課題の研究に人文科学・社会科学・自然科学の各分野を超えて取り組んできたことは本学の特色である。今日においても韓国からの多くの研究者が研究・教育活動に従事し、留学生が勉学に励んでいる。
 九州特に福岡という歴史的・地理的位置関係から、本学は1974年文学部にわが国唯一の「朝鮮史学講座」を設置し、人文・社会系分野における韓国研究において顕著な実績を上げてきた。さらに理学研究院、農学研究院、医学研究院、工学研究院、システム情報科学研究院などにおいても韓国の自然環境や食糧、野生動物保護、医学分野などに関して、日韓共同研究を含む多様な研究がおこなわれている。研究者の層の厚さは、わが国の大学の中で最大規模であると言っても過言ではない。
   このような本学の長年にわたる歴史と実績を踏まえ、1998年11月には大韓民国の金鍾泌国務総理(当時)が本学において講演「韓日関係の過去と未来」をおこない、これからの日韓関係の担い手である日本の若者への期待と役割を学生に訴え、深い感銘を与えた。同総理には、本学より名誉博士の称号が授与された。これを契機に翌1999年7月に本学と韓国国際交流財団との間で日韓両国の友好協力及び学術・教育の交流を推進するための協定が締結された。同財団は本学を日本における韓国研究の拠点と位置づけ、1999年度から5年間にわたり研究資金を提供することになった。これは日本の大学・研究機関としては初めてのものである。本学は、このような韓国政府を挙げての期待に応えるべく研究拠点施設として1999年12月17日「九州大学韓国研究センター」を学内処置により設置した。2002年4月、同センターは文部科学省令にもとづく「学内共同教育研究施設」となり組織再編を行い、日本における韓国研究の拠点形成をめざし活動中である。

1 帝国大学時代の九州大学への留学生とその活躍
 留学生の第1号は、官費留学生として1910年9月京都帝国大学福岡医科大学に入学した金台鎮である。1921年までは3名と少なかったものの1925年以降増加した。戦前・戦中に九州帝国大学で学んだ韓国人学生(留学生)の卒業生数は162名(中退者・学部不明者を除く)である(4)
 その卒業生の中には、卒業後も九州大学の研究室に残り戦前における韓国研究の形成・発展に大きな貢献をなした研究者も多数にのぼる。そのなかで4人だけ紹介する。
 社会科学では経済学の崔虎鎮教授がおられる。崔虎鎮教授は、1941年法文学部を卒業され、1943年大学院特別研究生、京城大・ソウル大・延世大の各教授を歴任され、韓国経済学の基礎を創られ、韓国経済学会会長の要職にも就かれ、大韓民国学術院終身会員となられている。
 工学では安東赫教授がおられる。同教授は1929年に工学部応用化学科を卒業され、商工部長官、漢陽大学教授、国立工業研究所長などを歴任された。学術院会員であり『化学工業概論』(1955年)をはじめ著書も多い。
 沈鍾燮教授は、1945年農学部を卒業された。ソウル大学教授、農科大学学長、全北大学総長、大韓民国学術院会長(1983-1988)等を歴任され、可山林産学に関する論文集等多数がある。
 柳駿教授は、1941年京城医学専門学校卒業後、九州大学大学院医学研究科において細菌学を研究され(1952年医学博士)、当時不治の伝染病とされていたハンセン病の治癒及び根絶に一生を捧げられた。韓国的ハンセン病治癒モデルの提示は国際的な評価を得た。延世大学校教授、嶺南大学校総長などを歴任され、1994年に国際医学賞として最高の権威を持つGandhi賞を、95年には国際Damien-Dutton賞を受賞されている。

2 新制・九州大学の韓国研究と教育
 以下、戦後の歩みについては年表風に記すことにする。
  ・1970年  5月 文学部に「朝鮮学研究施設」(朝鮮語・朝鮮文学部門、朝鮮史部門、
          朝鮮美術・考古学部門の3部門)開設計画が提議される。
     ・1974年   4月 文学部史学科に朝鮮史学研究室設置。初代教授は長 正統(おさ ま   
                    さのり、朝鮮王朝時代の日韓関係史専攻)、助手は菅野浩臣(かんの 
           ひろおみ、朝鮮語専攻、現東京外国語大学名誉教授)(5)
 ・1976年  4月 外国語科目・「朝鮮語」開講(教養部)。
 ・1979年12月 「九州史学会」に「朝鮮学部会」を設置(研究報告は5件)。
○以後の報告数は
       80年(報告件数・10)、81年(16)、82年(11)、83年(9)、84年(10)、85年(10)、86年(8)、87年(10)、88年(10)、89年(10)、90年(11)、91年(10)、92年(9)、93年(8)、94年(11)、95年(8)、96年(10)、97(8)、98年(9)、99年(シンポジウム「中世日朝・朝日関係史の再検討」・5)00年(シンポジウム「韓国伝統文化と九州」)、01年(6)、02年(9)
       ◎計 研究報告213件、シンポジウム2件
 ・1987年10月 長 正統教授逝去。
 ・1989年 1月 濱田 耕策(はまだ こうさく、朝鮮古代史専攻、現九州大学教授)  
           着任。
 ・1990年12月 『年報朝鮮學』創刊(九州大学朝鮮学研究会、全国会員120余名、
           通巻8号)。
 ・1993年 4月 言語文化部朝鮮語担当教官として松原孝俊教授着任。
 ・2001年 3月 『韓国経済研究』創刊(九州大学韓国経済研究会、通巻2号)。
 ・2001年 7月 『韓国言語文化研究』創刊(九州大学韓国言語文化研究会、通巻3
           号)。

3 韓国研究センターの設置とその後の韓国研究の発展
 ・1999年    韓国国際交流財団による韓国研究助成開始:5ヶ年
           (韓国語研修生15名/年、大学院生奨学金助成・博士課程5名/
           年、修士課程3名/年、共同研究2件/年、シンポジウム開催助成
           2件/年、研究者派遣2名/年、研究者招聘2名/年、韓国学術図
           書寄贈150万円/年
          これまで4ヵ年の累積:韓国語研修生60名、奨学生博士課程1  
         9名、修士課程13名、共同研究12件、シンポジウム6件、研究
         者派遣14名、研究者招聘24名)。
 ・1999年12月17日 九州大学韓国研究センター設置(学内処置)。
 ・2000年 1月19日 韓国研究センター開所式。
 ・2001年12月 1日 国際シンポジウム「日韓産業経済圏と九州経済」開催。
 ・2002年 4月 1日 九州大学韓国研究センター、文部科学省令により「学内共同教育研究施設」となる(センター長、専任教授1名、併任教官6名、客員教授1名、非常勤研究員1名)。
 ・2002年11月19日 国際シンポジウム「日韓自由貿易協定が拓く未来―東アジア経済連携へのイニシアティブ」開催。

4 九州大学韓国研究センターの研究内容
 ①韓国を中心とする韓半島の総合的・学術的研究
  韓国を中心とする韓半島及び周辺の東アジア地域を対象とした既存の学問領域の枠を
 横断した総合的で学際的な基本研究をおこなう。
  本センターは日本における韓国研究を発展させるための学際的共同研究の結節点として
 の役割を果たす。センター所属の教員を軸に、既存の学問分野を横断し、学内外の関連研
 究者の共同研究ネットワークを組織する。

 ②歴史認識問題の研究
  韓半島と日本の21世紀に向けた未来志向の関係構築の障害として歴史認識問題が存在
 する。日本による韓半島の植民地支配という過去の歴史をめぐる認識の齟齬が、今日にお
 ける日本と韓国や北朝鮮との関係を困難にさせる要因となっている。
  本センターは、歴史および歴史認識の研究をおこなうことも、その役割の大きな柱とし
 ている。そのためにセンターの研究者を核として、日本の韓国研究者はもとより、その
 他の国々の研究者を交えつつ、科学的で客観的な共同研究をおこなう。また、センター
 は単なる歴史研究ではなく、学際的かつ総合的に問題解決の方法を探る必要があるため
 歴史認識をとりまく状況も学術的な検討の対象となる。

 ③政治経済システムの研究 
  韓半島の政治は、南北首脳会談の実施、日朝交渉の進展など、90年代後半から200
 0年代初頭に急展開した。とくに韓国の国内政治分野では、民主化が進み、大衆のエネル
 ギーが噴出して政治過程は複雑さを増した。経済自由化も進展し、経済分野では、政府統
 制の後退とともに民間部門が経済活動の前面に出てきた。
  韓国における統制から自由化へという社会転換は、政治と経済に共通の現象である。韓
 国では政治と経済が一体化して動いていることから、韓国政治経済の分析に際しては、政
 治と経済を一体化したシステムとして捉え、このシステム変化の背景を多角的に明らか
 にしていく。そして、こういう独自の手法を採用することにより、韓国社会変動の全容
 解明という課題に応える。

 ④「日韓生活圏」問題の研究
  九州、とりわけ福岡を含む北部九州地域は、海峡を挟んで韓国と向き合っており、文字
 通り一衣帯水の「生活圏」を形成している。したがってセンターは、「生活圏」に固有の問
 題を解決するための文・理融合的な視点を有する研究をおこなう。例えば福岡は韓国との
 海・空の玄関口であり、旅客・物流上の問題が生じている。あるいは水産資源の管理や大
 気・海洋汚染など、まさに同一の「生活圏」であるがゆえの共通の問題を抱えている。それらの
 問題を解決するための学際的な研究をおこなう。

 ⑤研究成果の社会への還元
    近年、日韓の相互依存の深化、経済的・社会的交流の量的・質的拡大にともなって、例
   えば経済・ビジネスを通じ、あるいは観光や文化行事などを通じて韓国への関心を抱く人
が増えている。また若年層においては、大衆文化に関する日韓相互の関心も高まっている。しかしながら、そのような交流・関心の拡大の一方で、基本的な情報の不足がもたらす
認識ギャップの影響も大きなものになっている。本センターは、そのような状況を踏ま
えて、日本有数の韓国研究データの蓄積をいかし、基礎的研究の成果を一般にも広く公開
し、基本的な情報不足による認識ギャップの解消などに資する活動をおこなう。

5 韓国研究センターの組織編制と研究内容
 九州大学韓国研究センターは2002年4月、文部科学省令に基づく「学内共同教育研究施設」となり、4つの部門構成と専任教授および客員教授(第Ⅲ種)の配置により、本センター発展の基礎が築かれた。
 4つの部門は(1)社会ネットワーク(2)政治経済システム(3)人間環境(4)研究企画、である。
 専任教授には2003年5月1日付で、松原孝俊教授(言語文化部)が着任した。客員教授には、初代の朴珍道教授(韓国・忠南大学校経商大学)に続き、朴明圭教授(ソウル大学校社会科学大学)が着任し、活躍中である。4部門には、九州大学の各研究院から、教授・助教授が併任として配置され、それぞれの共同研究に従事している。
 各部門の研究は次のとおりである。
(1)社会ネットワーク部門
 歴史認識に関連する諸問題を社会ネットワークの多元的視点から扱う。韓国社会の歴史を、東アジア世界という広域空間のなかで捉え直し、日韓交流史の再構成をおこなう(6)
(2)政治経済システム部門
 現代韓国社会における産業構造の変化について分析を進めると同時に、現代韓国における政治過程と制度の相互作用について総合的な視点から研究をおこなう(7)
(3)人間環境部門
 韓国の人間環境に関する諸問題、「日韓生活圏」の諸問題について研究を行う。本部門では、生物資源と比較文化という文・理融合の研究を行う。
(4)研究企画部門
 本センターの学内及び対外的窓口として、共同研究の立案・コーディネートを行い、自らも研究プログラムに参加する。

  尚、2002年度までの韓国国際交流財団助成共同研究プロジェクトおよび日韓国際シンポ   
 ジウムの主な実績は、以下の通りである。

韓国国際交流財団助成共同研究プロジェクト



1999年度
六反田 豊
「韓国史上における海上交通・交易の研究」
野田 進
「日韓の経済危機管理システムに関する比較研究」
 -雇用調整と失業政策を中心として-
柳原 正治
「韓国における近代ヨーロッパ国際法の受容」



2000年度
田中 良之
「弥生時代における九州・韓半島交流史の研究」
丸山 孝一
「韓国民家の構造と家族の動態に関する研究」
今西 裕一郎
「九州大学附属図書館と韓国ソウル大学校中央図書館の学術交流に関する基礎的研究」



2001年度
柳原 正治
「開港期韓国における不平等条約の実態と朝鮮・大韓帝国の対応」
松原 孝俊
「世界の中の韓国研究-九州大学韓国研究センターの使命-」
深川 博史
「韓国経済のグローバル化と産業構造に関する研究」



2002年度
菅 英輝
「南北頂上会談以降における朝鮮半島の平和と共存の可能性」
 -北東アジアにおける安全保障にとっての合意-
出水 薫
「日本における韓国政治経済研究の現状と展望」
濱田 耕策
「日韓の相互認識に関する人文科学的総合研究」


日韓国際シンポジウム

2000年度
「労働と政治-日韓比較の視座から-」
「韓国伝統文化と九州」
「九大総理工・釜山大学・浦項理工科大学による大学院教育の国際化の新しい試み」

2001年度
「日韓産業経済圏と九州経済」(韓国研究センター開設記念シンポジウム)
「韓国考古学の新世紀」
「株式会社の支配構造と周辺労働者」

2002年度
「韓国及び日本における会計監査制度改革」
 -金融危機以降に焦点を絞って-
「山村社会の持続的発展と大学教育の役割に関するシンポジウム」


Ⅲ.今後の韓国研究発展の課題と展望

 最後に、今後の日本における韓国研究をより一層発展させるための課題と展望について述べたい。ただし、報告者は現在九州大学韓国研究センターを研究活動の中心にし、主に政治学および東アジア近現代史研究に従事しているので、その立場から論じたいと思う。
 冒頭でも触れたように日本での韓国研究は転換点に立たされているといえよう。木村幹が指摘したように、独創的な問いをたてる必要に迫られることなく、単に日本社会に存在する隣国への関心に安住している状態から脱却し、普遍的で一般的な問題への発展を見込んだアプローチの転換が求められている。その一方で、近年新たな研究領域の開拓も進んでおり、また、これまでのような個別の学問分野に閉じこもらず、他の領域との交流や共同研究などを通した学際的な研究も登場してきているといえよう。このような新たな研究動向から受ける刺激も看過し得ないものである。
 そのことを前提に今後の課題を考えるならば、次の三点を挙げることができよう。まず第一は、「外国研究」としての意味を問い直す必要があるということである。言い換えれば、なぜ日本で韓国研究をおこなうのかという原点に立ち戻ることである。端的にいって、日本で韓国研究をおこなう意義の一つは、対象となる国の人々が相対化しえない問題について別の見方を提示することにある。そのことが、東アジアの共通の問題を見つけだすとともに、それへの解決策を共に考えることに繋がっていくであろう。
第二には、第一の点にも関連して、かなり長期にわたる計画に基づく日韓の共同研究をおこなう必要があるということである。これまでの共同研究は単発的ないしはイベント的におこなわれることが多かった。たしかに、まずは一緒に研究をおこなうことは意義あることである。しかし、そこでは互いの紹介といったもので満足してしまう傾向がなかったわけではない。もはや、そのようないわば「交流」の段階から、さらに一歩進んで新しい創造の段階に進むべきときではないだろうか。現在、わが韓国研究センターは、その試みの一つとして韓国の複数の研究組織と共同で「20世紀韓国民衆生活史調査」に着手しているところである。今後は、学際的かつ持続的な共同研究を通して、日韓共同による研究活動がより一層発展することが望まれる。
第三に、釜山大学校日本研究所とわが九州大学韓国研究センターとの共同作業を進める特別な意義についてである。よくいわれるように釜山と福岡の距離は釜山―ソウルや福岡-東京よりも近い。これまでは、互いに国民国家の枠にとらわれ、それぞれがソウルや東京との関係を意識するあまり、ソウル・東京からとは異なる新たな見方ができる可能性に対してあまり注意が払われなかった。今後は同じ「生活圏」に属する我々が地域に拠りながら、さまざまな共通の問題に取り組んでいくべきである。いいかえれば、「共に考える」パートナーとして我々は協力しあうべきであり、その時にはじめて隣人としてお互いの大切さが実感できるのではないだろうか(8)
現在、東アジアにおいて解決されなけばならない課題は多く残されている。我々は、学術研究というかたちをとおして、韓国と日本、あるいは釜山と福岡にとっての「共生」のための新しい共同体を創りだしていくことに貢献すべきではないだろうか。それなくしては、戦争と支配・分断に彩られた「東アジアの20世紀」は終わらないであろうし、21世紀における「共生」はありえないからである。













(1)「韓国研究」(韓国学)の範囲は、日本においてもさまざまな考え方が存在するが、報
  告者の判断としては、地理的に広く、歴史的にも長く、場合によっては在日韓国・朝鮮人や中国の朝鮮族、在露朝鮮人等も含む、人文・社会・自然科学の総合的研究として把えている。
(2)たとえば、マーク・カプリオ「アメリカにおける朝鮮学」(『アリラン通信』No.29、2  
  003年3月)。
(3)日本における研究動向についてはたとえば、次の文献が参考になる。倉田秀也「日本における韓国研究―政治・国際関係―」、安倍誠「日本における韓国研究―経済―」、室岡鉄夫「日本における北朝鮮研究―20世紀最後の10年間を中心に―」、大畑裕嗣「韓国のモダニティを問う社会学をめざして―1990年代以降の業績の検討にもとづく研究プログラムの提示」(以上、『現代韓国朝鮮研究』現代韓国朝鮮学会、創刊号、2001年11月)。および、古田博司・小倉紀蔵編『韓国学のすべて』新書館、2002年。
(4)『朝鮮半島から九州大学に学ぶ―留学生調査(第一次)報告書 1911~1965―』九州大学韓国研究センター、2002年3月。
(5)以後の助手には次の方々がおられる。
池川英勝(いけがわ ひでかつ:朝鮮近代史専攻、天理大学教授・故人)
三枝寿勝(さえぐさ としかつ:朝鮮近代文学専攻、東京外国語大学名誉教授)
松原孝俊(まつばら たかとし:朝鮮神話・民俗学専攻、現九州大学教授) 
白川 豊(しらかわ ゆたか:朝鮮近代文学専攻、現九州産業大学教授)
六反田 豊(ろくたんだ ゆたか:朝鮮近世史専攻、現東京大学助教授)
桑野栄治(くわの えいじ:朝鮮近世史専攻、現久留米大学助教授)
山内民博(やまうち たみひろ:朝鮮近世史専攻、現新潟大学助教授)
諸洪一(ヂェ ホン イル:近代日朝関係史専攻、現札幌学院大学教授)
李 美子(イ ミジャ:朝鮮古代史専攻、現助手)
(6)社会ネットワーク部門所属の濱田耕策教授は、研究代表者として『日韓の相互認識に
  関する人文科学的総合研究』(韓国国際交流財団研究助成2002年度韓国研究プロジェ
  クト研究成果報告書)2003年3月、をまとめた。
(7)政治経済システム部門所属の深川博史助教授には最近の著作として、『市場開放下の韓国農業―農地問題と環境農業への取り組み―』九州大学出版会、2002年9月、がある。
(8)福岡の自治体・市民による日韓交流の現状については、櫻井浩「日韓地域交流の現状-福岡県の事例-」『現代韓国朝鮮研究』現代韓国朝鮮学会、第2号、2003年2月、および、『2002日韓国民交流年記念事業 日韓シンポジウムイン釜山』財団法人福岡国際交流協会・

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